カウントダウン


「今夜は楽しかったわね」
「そうだな・・・」
一通りの仕事を片付けてスターシアと守はリビングでくつろいでいた。
「この家がみんなの笑い声で一杯になったんですもの。 いいわね、にぎやかにみんなで過ごすって。すごく幸せな気持ちよ。」
「・・そうだよな。」
「サーシアのことが気になるの?」
「いや・・」
「もう、守ったら、お付き合いをちゃんと認めたのでしょう?彼は良い青年よ。行かせてあげればいいのに。」
「結婚前の娘が夜中に男と出かけるなんてダメだ。」
「あら、すぐそこの公園よ、カウントダウンは。彼はイベントが終わったらきちんとサーシアを送り届けてくれますよ。」
「・・・・・。」
「それにサーシアはもうりっぱな大人の女性です。彼女の気持ちを止めることは出来ないわ。 私もあなたを想う気持ちはとめられないもの。それと同じ。」
「・・・・・。」
「仕方のない人ね。」
不機嫌そうな夫の頬にスターシアはキスを一つ贈ると 彼のために熱い焙じ茶を入れた。

毎年その年の一番最後の日 守たちは身内で集まって小さなパーティを開いていた。 今年は守家族が住む官舎に進とユキ、それにユキの両親が集まり、 それぞれの家庭が料理を持ち寄ってにぎやかなテーブルとなった。

「この太巻きユキが作ったのかい?腕をあげたなぁ。」
「でしょパパ。」
「これでやっと進君も飢えなくてすむようになったのね。」
「ママ!」
「お義母さん、ユキの料理は本当に美味いですよ。結婚して俺太りましたから。」
「はいはい〜。新婚さんはのろけてなさいな。でも私の煮しめには敵わなくてよ。」
「ママはあいかわらずねぇ」
「私とお母様でフライを揚げたの。もうお父様が横から口出すから大変だったのよ。 俺がやるから君は休んでろとかなんとかお母様に。ねぇ、お母様。 あんまりうるさいからお父様にサラダ作りおしつけちゃった。」
「ふふふ」
「やっぱり!このポテトサラダ兄さんが作ったんだね。どうりで家の味がすると思った。」
「だろ?お袋が得意だったやつさ。」
「あ、もしかしてお義兄さん、お義姉さんのこと心配だったんじゃないですか?」
「だってフライったら油使うだろ?はねたら火傷するじゃないか〜。」
「あら守、私は平気よ。」
「そうよ〜なんでも慣れよ、スターシアさん。」
「みんなに美味しいものをご馳走したいんですもの、火傷ぐらい・・」
「だめだ。君の綺麗な手が火傷するなんてダメなんだ。」
「お父様、私は?娘の私はどうだっていいの?」
「娘なんて、娘なんていつか誰かのものになっちまうんだ。ソイツに心配してもらえ。」
「はいはい、もう勝手にしてください。」
「ほっ・・相変わらずお熱いですな。守君、ささ一杯」
「はい、いただきます。」

あはは、うふふ 家中に笑い声があふれた。 笑い声ってなんて人の気持ちを暖かくするものなんだろうとスターシアは思った。 かつてイスカンダルでたった一人で過ごしていたときのことが夢のようだった。

この星へやってきた当初はなぜ地球人、いや日本人が年末になるとそわそわしだし、 当然といった様子で(守でさえ)みな大掃除をし、 白や赤や金色といった色が混じるオブジェを飾り、 赤い実のついた緑の葉やらを華やかな花と一緒に玄関に飾り、 おせちと呼ばれる料理を店に注文しなければならないのか不思議でならなかった。 それでも毎年毎年、そうやって守とともに過ごしているうちに だんだんと彼女なりに理解をするようになってきた。 地球は約365日で太陽の周りを一周し、それを一年という単位で数える。 その区切りを地球人たちはとても大切にしているのだ。 一年単位で自分達の歩んできた道のりを振り返り、また新たな気持ちで次の年に臨む。 掃除は気持ちに区切りをつけるための一種の儀式のようなもの。 オブジェや花は次の一年がよいものになるようにとの願いをこめて飾るものなのだ。 おせちもしかり。そんな風にスターシアは理解していた。 難しいことはさておいても、掃除をすれば気持ちがいいし、部屋を飾れば気持ちも華やぐ。 それになによりこの時期はどんなに忙しくとも守の仕事は基本休みになり、彼は必ず家にいる。 それがスターシアにとって一番嬉しいことだった。 そうして家族で過ごすことの出来る年末年始のこの時期をスターシアは愛していた。

最後に蕎麦をみなで食べ 「よいお年を」 と言ってそれぞれの家にみな帰っていったのだが・・・・

みなと楽しく過ごしていてもサーシアの気持ちがどこか落ち着きがなく 幾分沈んでいることがスターシアには手にとるようにわかった。

本当は恋人に会いたくて仕方がないのだ。

年が明けたらサーシアの恋人は早々に月へ行ってしまう。 いくら目と鼻の先の月といえどもそう簡単には会えないのだ。 一分でも一秒でも二人の時間を大切にしたいに違いない。 カウントダウンへ行きたいとサーシアが自分達に許可を求めるように言ってきたとき、 守はあまりいい顔をしなかった。 二十歳過ぎのサーシア(外見は)が外出したいから良い?とわざわざ自分達両親に聞いてくるのは、 自分達と一緒に暮らしているための礼儀として、そしてなにより自分達に心配をかけまいと思っているから。 特に恋人との交際を認められてからはサーシアは慎重に行動していた。 それは彼女の恋人も同じ方針らしかった。 他の娘なら親の思いなど放っておいて一人勝手に外出してしまうかもしれなかったが 、サーシアはそうしなかった。 そんなサーシアをスターシアはいじらしいくて仕方がなかった。

「波の音が聞こえるわ」
焙じ茶の入った湯のみを守に渡しながらスターシアがつぶやいた。
「前に住んでいた家の窓からは山が見えたけれど、今度の家からは海が見えるの。ふふ・・・」
「何?」
「思い出したわ。私達、よくあの浜辺で散歩をしたわね。星の綺麗な夜に。」
「ああ・・」
「あの時・・私はまだ結婚前でしたけど。」
悪戯っぽくスターシアはわらって守の顔を覗き込んだ。
「・・・・・!」
「あなたがベッドから起き上がれるようになって、少し体力をつけた方がいいからって手始めに散歩をしたわね。 星をみたいとあなたが言ったから夜に散歩をしたこともあったわ。ヤマトがイスカンダルに到着する前のことよ。」

スターシアがゆっくりとした守の歩調に合わせて、よく二人は静かなイスカンダルの夜に散歩をしていた。 イスカンダル人の特徴として感受性が強いスターシアではあったが、 当時のスターシアには守の素の感情はあまり伝わってくることはなかった。 守は意思の強い人間らしくスターシアには決して本心を見せなかった。 そして、スターシア自身も、ヤマトがイスカンダルに到着した時、 ただこの一人の地球人を健康な体に戻して彼の同胞たちのもとへ返すことだけを考え、 日々淡々と守と接するように努めていたために本当の自分の感情にすら気づけずにいた。 知らずにお互いが惹かれあっていたというのに。 ふと守がつまずいて、思わずスターシアは彼に手をのばして支えた。 その時だった、何か今まで感じたことのない感情が指先からスターシアに伝わってきた。 彼女の全身を熱いものが駆け巡ったが、それは一瞬のことだった。 はっとして彼女は守を見上げたが、守は「すまないね」とだけ彼女に言い、 いつものように遠くを見つめるような目で空の星を眺めていた。

「ああ、あの時のことはよく覚えているさ。」
「・・・あのときに・・はっきりと私気づいたの。あなたに対する自分の気持ちに。」
「・・・・・・。」
「・・本当に歩き回るだけだったけれど・・でも私はそんな夜の散歩が好きだった。 二人の時間を大切にしたかったから。 ヤマトが来たらあなたとの別れが待っていたから。」
守は静かにスターシアを抱き寄せた。
「ふふ・・あなたは紳士でらしたわ・・。」
「何が言いたいんだ、君は。」
にっこりと微笑むだけでスターシアは何も答えなかった。
しばらく目を瞑って何事か考えていた守だったがやがて
「これから行こうか?0時までにはまだ間に合う。」 と言った。
「ええ!?」
「サーシアと3人で。外は寒いぞ。さぁ、早く支度をしよう。」

その海辺の公園は人でごった返していた。 店も多く出ており、 店で購入したのだろう、熱い甘酒をすすっている人 蕎麦を食べている人など大勢いた。 港には可能な限り故郷に帰ってきた艦船が停泊しており、 みな電飾されて夜の闇に浮かび上がり幻想的だった。

「そら、サーシア、お父様達とはここから別行動だ。」
守が指し示した方向に加藤四郎が立っていた。 彼は守たちには気づいていない様子だった。
「お父様」
「カウントダウンがすんだらちゃんと家に帰ってくること。」
「お父様、ありがとう。」
サーシアはそう言うと守に抱きつき頬にキスをすると恋人の元へ走り去った。 サーシアが呼びかける声に気づいたのか四郎がこちらを振り向いた。 今晩は彼女に会えないものと思っていた彼はびっくりしていた様子だったが 、やがてサーシアを抱き寄せるとやさしい目で彼女を見つめた。 そして遠くから守とスターシアに頭を下げた。 スターシアもにっこりして会釈をし 、守も軽く手を振ったが スターシアの手をひっぱってさっさとその場を離れてしまった。
「守」
「ああ、わかってるさ、加藤はしっかりしたヤツだよ。イカルス時代から知ってるし、 進からも仕事ぶりは聞いている。」
古風にも お嬢さんとお付き合いさせてください と挨拶に来たときの四郎の眼差しを守は忘れなかった。 まっすぐに臆することなくサーシア自身のことを本当に大切に思っている気持ちを伝えてきた。 サーシアを託せる男だ そう守は直感した。が・・
「男親としてはね、複雑なんだよ。」
「ふふふ」
「スターシア!」
「ありがとう守。私はサーシアが幸せならそれが一番なの。」
「そうだな。はぁ・・・」
「?」
「あのさ、もしかしたら俺30代でおじいさんになっちまうのかな〜。」
「そこですか?」
「そこですよ、奥様。」
二人は顔を見合わせ肩を震わせて笑った。

一段と人々がざわめきだした。

5、4・・・・・

カウントダウンが始まった。

3・・2・・1!!

ボォーーーーーーーーーー!

いっせいに船が汽笛を鳴らす。
花火が盛大にあがり夜空を彩る。

新年あけましておめでとう! おめでとう!

人々は口々にそういって 抱き合ったり キスを交わしたり 笑顔で肩を叩き合ったり それはそれは天まで届くかと思われるほどの歓声と熱気の渦だった。

守とスターシアも固く抱き合って 熱くキスをかわした。

新しい年も穏やかな年でありますように。

人々の熱気の中 守とスターシアは強くそう願った。

おしまい

2010.12.31
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