地上の星
                           byめぼうき




    陛下・・・イスカンダルの女王陛下・・・・

スターシアはふと誰かに呼びかけられた気がしてあたりを見回した。

  わたくしを呼ぶのはだあれ?

買い物がてら、ショッピングモールの周辺をぶらぶらと散歩をしてた
スターシアだった。
夕暮れ時の空には一番星が輝いて、淡い闇があたりを包んでいた。

  わたくしはもう女王ではないというのに
  そう呼ぶのはどなた?

なんとはなしに、スターシアは呼ばれるままに足を運んだ。
いつの間にか彼女は街のはずれに流れている川の土手までやってきていた。
犬の散歩をしている人、家路に急ぐ学生、買い物帰りの主婦などが川に沿っ
た土手道を歩いていた。道端には草が丈高く茂り、昼間の暑さがうそのような
気持ちの良い風が草の頭を撫でていく。夏の盛りは過ぎ、風には秋の気配が
混じっていた。草むらのあちこちから虫の声が聞こえてきた。スターシアは川
べり近くまで行ってみようと土手を降りた。

  あ・・・・・!まぁ・・・・まぁ!

スターシアは驚きと喜びで目を見張った。
彼女の目の前に、星のように白い小さな花々が咲いて広がっていた。

  イスカンダル・ブルー!
  まぁ・・・・、わたくしを呼んでいたのはあなたたちだったのね。

はい、女王陛下 と花たちはまるで返事をしているかのようにかすかに風に揺
れていた。

  いつか守が言っていたわ。
  イスカンダルブルーが地球上のあちこちで見られる日が来るって。
  ああ・・・・本当にそんな日がやってきたのねぇ。

スターシアは花の群れに分け入って花をなでたり、香りをかいだり、かの星で
そうしていたように、しばらく夢中になって花の中に埋もれるように、花と戯れ
ていた。

「スターシア」
ふいに背後から声をかけられたのでスターシアは振り向いた。そこに彼女の
夫が立っていた。
「守」
スターシアは立ち上がると嬉しそうに夫の方へと近寄っていった。
「ねぇ・・・・見て。」
スターシアは花の群れを指差した。
「ああ・・・・すごいな、こんなに。こぼれ種で広がったんだね。」
「ええ、たぶん。ねぇ、守の予言の通りになったわね」
「ああ・・・。」
かつて・・・・
スターシアがその故郷の星を失い、救出されたヤマトで地球へと向かう途中、
ヤマトの艦内農園で、彼女はイスカンダルブルーの小さな芽を発見した。
それはスターシアや守の衣服に知らずしてついていた種がこぼれて芽をだし
たものらしかった。その芽を見て守が、いつかイスカンダルブルーが地球上で
当たり前のように目にする日が来る とスターシアに言ったのだった。
「守、おかえりなさい。よく私がここにいるってわかったわね。家からは随分離れて
いる場所なのに。」
「はは・・・・何故かな。用事が済んでまっすぐに家に帰ろうとしたんだけれど
ね・・・。ちょっと遠回りしていこうって気になった。この川の土手は気持ちがい
いから・・。そしたら丁度そこに君がいたってワケ。ちょっとびっくりしたけどな。
神様が先回りして君が俺を出迎えるように仕向けてくださったみたいで。しか
もイスカンダルブルーの花まで・・・。」
守はす・・と目を細めて遠くをみた。
いつになく夫の声のトーンが沈んでいることに気がつき、スターシアの表情は曇った。
「守・・・。御用は・・・・・どうでした?」
「これで、やっと全員・・・・やっとだ、終えることが出来た。白色彗星やらデザリ
アムやら、戦争があったからな、消えてしまったデータもあって探すのに苦労し
たけれど・・・。」
スターシアは夫の手をとり、そのほっそりとした白い手で夫の手をそっと包んだ。
「仕方がなかったんだと、せめて息子の分までせいいっぱい生きてください 
と言われた・・・・。」
スターシアから顔を背け、紫色が濃くなりつつある空を見上げている守の表情
は、彼女からは見ることは出来なかったが、心なしか、夫の肩がかすかに震え
ているように彼女は感じた。
「守・・・やっぱり・・・私が・・・」
「いいんだ。これは俺自身の問題なんだ。君の気持ちはありがたいけれど・・・。」
地球に帰還してから守は、ゆきかぜの乗員だった者達の遺族に挨拶をしたいと
いって、時間を見つけては方々尋ねてまわっていた。中には戦争のために行
方がつかめず、苦労して探し当てた遺族もあった。
その挨拶に同行しようとしたスターシアだったが、守はそれをかたくなに拒んだ。
それは、スターシアが一緒なら、たぶん相手は遠慮をするだろうと予想がついたし、
なによりも自分自身で整理をつけたいとの守の強い想いからだった。
「守・・・・・。」
スターシアは、ますます夫の手を強く握った。
守の心が泣いていた。
これまで、遺族に頭を下げて回っている守を、ただただ見守ることしか出来なかったスター
シアだった。その彼女に、この件に関して今まで一度たりとも、強い決心から心
の内を見せたことがなかった守が、 部下を想う気持ちで哀しみの色に染まっていた。
スターシアはそれを握った守の指先から感じ取り、胸をつかれた。
守は多くを語らないが、きっと自分の知らない辛い気持ちのぶつかり合いが
あったに違いない とスターシアは思った。
「守・・・・・、このイスカンダルブルーは、イスカンダル草という新しい名前をもら
ってココ、地球に根付いているわ。」
スターシアは白い花を一本手折って守に見せた。
「こんなに広がってたくましく息づいている・・・。」
守はスターシアの手の中の白い小さな花をじっと見つめた。
「生きるのです。何があっても生きてゆくのです、守。それがアナタに出来る
せいいいっぱいのこと。」
スターシアはそっと微笑んだ。
「わたくしも、生きてゆきます。この地で。あなたと共に、何があっても。」
守ははっとしたようにスターシアを見つめた。
「そうだな。」
守もかすかに、どうにか微笑むとスターシアの肩をそっと抱いた。

すでに陽は落ちて、あたりの闇は深くなりつつあった。
白い花々が二人を見守るように輝いていた。



2013.7.19

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