イスカンダル・ブルー

「ねぇ、いいもの見つけたの!ねぇ、ねぇ・・!」
スターシアが守の手を引っ張って足早にヤマトの艦内通路をずんずんと歩いている。
すれ違う乗組員達はみなそんな二人を見て微笑んだ。
守はなんとなく照れながらスターシアに引っ張られていった。
「いったいどこへ行くんだい?それにそんなに急がなくたって・・」
スターシアの妊娠がわかって以来、守は心配の塊と化していた。
いきなり慣れないだらけの環境に入った上に妊娠しているとくれば心配しないわけにはいかない。
今も走り出しそうな勢いのスターシアを止めたくて仕方がない守だった。
「もう少しゆっくり歩いたら?その、君は・・・」
言いかけた守にスターシアはくるりと振り向くと、きらきらした眼で守を遮った。
「守・・見つけたの!守もよく知ってるものよ。私嬉しくってたまらないのよ。
あなたにぜひ見せたいの。行きましょう。」
聞いてなかった。
守は心の中で軽くため息をつき
ならば・・と空いている手を伸ばしスターシアの手首をくいっとひっぱった。
「女王陛下。わたくしは心配でならないのです。すべったらどうしようとか、転んだらどうしようとか。
どうしてもゆっくりとお歩きになれないのでしたらこうさせていただきます。」
そういうと守はひょいっとスターシアを抱き上げた。
「守!」
「さぁ陛下どちらへ?」
「守っ!降ろして。恥ずかしいわ。誰かにこんなところを見られたら・・・」
「今は誰もいませんから大丈夫です陛下。」
スターシアの訴えに耳をかそうとしない守に彼女は降参した。
「・・・・・わかったわ。いうことを聞きますから降ろしてくださいな。」
「はいはい」
守は笑いながらスターシアを静かに降ろした。
「もう・・」
スターシアは少しむくれたが、守の笑顔を見て自分もつられて笑顔になった。
それでも最後に抵抗するかのように
「守。私はもう女王でもなんでもありませんからね。」
スターシアはそう言うと、今度はゆっくりと自分の向かう場所へと守を連れていった。




「ほら、あそこに」
スターシアの指さした方向に守はめ目を向けた。
「あの斑入りの葉のかたまりの根元よ」
スターシアと守は農園に来ていた。
正確には農園の入り口前ではあるが。

ヤマトは当初ガミラスの攻撃で荒廃した地球を脱出し人類が他の星へ移住するために建設された船だった。
長期航海が予想されたため新鮮な食料確保の意味もあり船内に農園が設計された。
波動エンジンをとりつけ地球初の恒星間飛行可能な宇宙戦艦として生まれ変わった後もアイディアはそのまま残った。
やはり最初のイスカンダルへの航海は誰も行ったことのない未知の空間への旅であったため
思ったところで思ったように食料を調達できないであろうことが容易に予想できたためであった。
農園といっても、実は野菜工場とでもいったらよいのだろうか、光、水、肥料などが徹底的に管理され、
管理区域には、指定の作業服、帽子をつけ、クリーンルームを通過した上で管理担当の者しか入ることが出来なかった。
その農園の入口前の小さな部屋に、ほんの猫の額ほどの大きさではあったが
本物の土を入れた花壇とも畑ともいえるような場所があった。
ハーブ類、野菜、それにあわせた小型の花々がバランスよく植えられていた。
さながらキッチンガーデンといったところだ。
こちらはだれでも入ることが出来るオープンスペースとなっていた。
イメージルームで疲れを癒す者もいたが、この小さな庭で疲れを癒しに来る者も多かった。
管理された空間とはいえ本物の植物の感触は心の芯からほっとするような特別なものがあった。
その庭に二人は来ていた。

スターシアが斑入りの葉のかたまりと言ったのはぎぼうしのことだった。
「ああ・・!」
スターシアの指し示した先にあるものを見た守は驚いた。
まさか・・・。
スターシアが興奮するのも無理はない。
「・・・・だな。」
「ええ、守もそう思うでしょ?・・・・よね。絶対・・。」
二人はイスカンダルのある単語を口にした。
しばし二人はそれに見入って感慨にふけっていたが、
突然後ろから降っきた声にそれは打ち破られた。
「そこの二人!何してるっ!」
声にびっくりして二人が振り返るとそこに、笑いをかみ殺した真田が立っていた。
「真田!」
「真田さん」
真田はわざと困ったような顔をしながら二人に近づいてきた。
「まったく古代、場所を考えろよな。古代守が女王様をお姫様だっこしてたって女子がきゃーきゃー騒いでたぞ。」
あ、この場合は女王様だっこか?と真田は付け加えた。
ああ、やはり見られていたのねとスターシアは顔を真っ赤にしてうつむき、
それがどうした、と守はまったく動じなかった。
「まぁ、夫婦仲むつまじいのはよいことさ、ははは」
どうしてよいかわからずスターシアは守の後ろに隠れてしまいたい思いだった。
「ところで何でお前ここに来たんだ?」
自分はどうでもいいのだがスターシアが困っている様子だったので
守は場の空気を切り替えるつもりで真田に言った。
「癒されに」
即答する真田。
「は?」
「なんだ、その は? は。俺だって癒されたいのさ。」
「ぷ・・・・」
たまらなくなって守がふきだした。
このやろー笑うなよ!とゆるいげんこつで真田は守をごつんと一発お見舞いした。
「いてっ、なにするんだーーー」
この親友どうしのやりとりをスターシアはいつしか微笑ながら見ていた。
「ええ、わかりますわ。真田さんのお気持ち。お仕事お忙しいですものね。お休みも必要ですよね。」
二人の動きがぴたりと止まった。
「わかってくださいますか?スターシアさん!」
真田の大げさななもの言いに おい おい と守は苦笑した。
「いや、本当は艦長代理に頼まれてここへ来たんだよ。」
急に真顔になって真田が言った。
なんだ、やっぱり仕事だったのかと守は思った。
本当に癒されに来たんだったら面白かったのにとも思った。
「ここで見慣れない植物を見たといって、詳しく調べて欲しいと言ってきたんだ。」
「「え?」」
スターシアと守は顔を見合わせた。
「もうすぐ艦長代理もここへ来るはずなんだが・・」
真田が通路の方を見ながら言った。
すると向こうから息をきらして古代進が大股に歩いてやってきた。
「すみません真田さん遅くなりました。」
「いや、俺も今来たところさ。忙しいな艦長代理。」
「いえ、あれ??兄さん、スターシアさんも??」
進は兄とスターシアが時間のあるときはよく連れ立って艦内を散歩しているのを知っていた。
よく考えれば庭は散歩に適したコースだったが
すっかり仕事モードだった進の頭の中ではそのことがすっぽりと抜け落ちていたため
二人を見て少し面食らったのだった。
「兄さん、せっかくなんだけどこれからちょっと庭で調べたいことがあるんだ。
スターシアさん、すみませんが少しばたばたするので、もしも庭に御用があるのでしたら
また後にしていただけますか?」
「あそこの、斑入りの葉の根元にある草ですね。」
スターシアの言葉に進と真田が目をみはった。
「スターシアさん?」
「今朝みつけました。まさか進さんも気づいているとは思いませんでしたけれど。
イスカンダルにごく当たり前のように生えている雑草です。」
「それで俺たちはここへ来たんだ真田。」

TOP NEXT
inserted by FC2 system