挨拶



 しかけた目覚まし時計よりも30分も前に目が覚めてしまった。
サーシアはゆっくりとベッドから身を起こすと、カーテンをあけ部屋の窓を開けた。
冷たく澄んだ空気が彼女の頬に触れた。

なんてことないわ。そうよ、だってお父様もお母様も彼のことよく知っているじゃない。

 この数日間、何度となくサーシアはそう自分に言い聞かせてきた。
「お付き合いをしているお友達を紹介したいの。今度の日曜日に家に連れてきてもよいかしら?」
そうサーシアが両親に話したとき、母は まぁまぁ といって喜び、父は幾分不機嫌な表情になった。 ダメだ とは言わなかったが、大好きな父のそんな顔を見てサーシアは少し悲しくなった。 「大丈夫よ、サーシア。お父様のことは気にしないでね。」
父親に聞こえぬよう、こっそりと母はサーシアを励ましてくれた。
なんだかんだいって父は母にぞっこんで、 父がいくら何を言っても、結局いつもやんわりと知らぬ間に父は母の思うようになっているのだ、 とサーシアは両親のことを見ていた。 だから母にそう言われると少しは安心するサーシアだった。

ああ・・・でもドキドキする・・・・

彼がサーシアの家にやってくる。
「君のご両親にきちんと挨拶をしておきたいんだ。」
サーシアの彼、加藤四郎のたってのたのみだった。
両頬を自分の手で ぱんっ と打ってサーシアは気合を入れた。
長い一日になりそうだった。



 古代守は朝からそわそわしていた。
大きな熊のようにのしのしとリビングでいったりきたりしていた。
「まぁ、落ち着いたらどうです。お客様の方がよっぽど緊張なさるでしょうよ。 あなたが緊張してどうするんです?」
妻であるスターシアはあきれて言った。
「でもな、スターシア・・・」
「さ、お掃除の邪魔ですわ。あなたは時間まで寝室にいらして。」
もともと掃除は行き届いてきちんとしている古代家ではあったが、 今日は念入りにしておかなくてはならないと思っているスターシアは何かと忙しいのだった。 リビングをうろうろしているだけの守は邪魔だった。
「サーシア、サーシア?お茶の準備は出来ているかしら?」
うきうきとスターシアは娘に声をかけた。
「はい、お母様。もう、お母様がはりきってどうするの。」
今度は娘のサーシアが母親のスターシアにあきれて言った。
「ふふふ、だって嬉しいんですもの。」
そういってスターシアはサーシアを抱き寄せた。
「あなたが素敵な人を紹介してくれるのですもの。 あなたが、あなただけの人と出会ったんですもの、とても嬉しいの。」
「お母様のように?」
「まぁ・・・そうね。そうよ・・!」
母娘は顔を見合わせるとクスリと笑った。
ああ・・・女というものは、特に母親というものはどうしてこうも落ち着いていられるのだろう。
守は理解できないといった様子で、笑っている母娘を見た。

とうとうこういう日がやってきたのか・・・・ でもちょっと早すぎないか?

早すぎるってもんじゃない。何しろ娘はイスカンダルの血を引き、約1年で地球人でいう十代後半にまで成長したのだ。 生まれてから何年もたたないうちに、「お父様、お母様、今まで私を大切に育てて下さってありがとうございます。」 と白無垢着て三つ指ついた娘に挨拶されるような状況になりかねないのだ。 いや、もう半分はそうのような状況になりかかっていると言っていい。 サーシアは守にとって、愛するスターシアとの間に出来た可愛くて仕方がない一人娘だ。

はぁ・・・・

守はため息一つつくと、とりあえず寝室に退散することにした。 今はスターシアのいう通りにしていた方が賢明だと守は心得ていた。




 その青年 加藤四郎 は守の鋭い視線を臆することなくまっすぐに受け止めていた。

ふん、なかなか肝がすわっているじゃないか。

 守は内心この年若い後輩に感心していた。 四郎が守とスターシアに「娘さんと結婚を前提としたお付き合いをさせてください。」と頭を下げるやいなや、 男二人だけで話をしたいからと、守は妻と娘をリビングから追い出してしまった。
そんな状況にあわてる様子もなく四郎は落ち着いた様子で守の目の前のソファに座っていた。 しばらく二人は沈黙していたが、おもむろに守が口を開いた。
「結婚を前提に・・と君はさっき言ったが、サーシアの生い立ちを君はわかって言っているのかな?」
「はい。」
「サーシアは一応表向き18歳ということにはなっているがまだ生まれて3年とたっていない。」
「はい、待つ覚悟は出来ています。」
「本当に?」
「サーシアさんはこれから世の中に出ていろんなことを経験し、吸収しなくてはならないということは承知しています。 それに、どの人間にも与えられているようにサーシアさんにもいろんな可能性があります。その可能性を引き出す機会を 奪う権利は私にはありません。」
うむ・・・と守は小さく唸った。
「君にとってサーシアはどういう存在なのかな?」
「上手くいえませんが、私の心の半分です。この間の戦いで、もしかしたらサーシアさんを失ったのではないかと・・・ そうとしか思えない状況になったことがありました・・・・。」
そこで四郎は言葉に詰まった。平静を装ってなんとか守と向かい合ってきたが、感情の高ぶりを抑えきれなくなってしまったのだ。
「・・・・その・・・とき・・・は、心臓がえぐられるようでした。彼女が戻ってきたときは本当に・・・。 愛しているのです。気まぐれで彼女を愛しているのではありません。」
守は四郎の瞳に宿る光の中にサーシアへの必死の想いを垣間見た。
「君はまだ若い。若者の気持ちは移りやすいのではないのかな?」
無駄だと思ったが意地悪く守は四郎にそうぶつけてみた。
「確かに・・・私は若い者です・・・。が、私はそんな浮ついた気持ちで今日こちらに伺ったのではありません。 それに・・・・」
「それに?」
「それに私はある若者の誠実な愛情を知っています。若者の気持ちがみな気まぐれだとは思いません。 その人は私の大先輩で、今では中堅どころとして活躍している人ですが、かつてはスペースイーグルと言われ 宇宙を駆け巡っている人でした。その人はある時、今まで自分が築いていてきたすべてを捨ててある女性に愛情をささげました。 その人は今も奥様をそれはそれは大切にしていますよ。」

やられた・・!

と守は思った。 こう言われては、もう何も言うことが出来ない。

決まり・・・だな。

守は心の中で両手をあげ、四郎に降参した。 いや、最初からこうなることは決まっていた。と守は思う。 四郎のことはイカルス時代から知っていて、人となりもわかっている。 弟から四郎の仕事ぶりも聞いている。 そして何よりサーシアと四郎はお互い愛し合っている。 それが重要だった。 この際、娘かわいい男親のつまらない感情はどこかへやってしまうほかなかった。

「やるな」
ニヤリとして守は四郎に言った。
「本当のことをお話ししたまでです。」
四郎は緊張しきって表情がこわばったままだった。
守は目を細めると一呼吸置いてゆっくりと言った。

「・・・・・サーシアのことをよろしく頼む。」

「え? は、はい!」

緊張が緩み、四郎の顔に安堵の表情が一杯に広がった。
「だが5年・・・そう、5年待って欲しい。あの娘には必要な時間だと思っている。待てるか?」
「はい!」
ためらいなく答える四郎に

やはり、まだまだ若い・・な。

と守は思った。そんな若さが守には少しまぶしかった。
「さて話はこれでおしまいだ。スターシアとサーシアが気をもんでいるだろう。」
悪戯っぽく笑って守はソファから立ち上がった。
「そうだ・・」
何かを思い出したように守は四郎を振り返った。
「?」
「サーシアはイスカンダル王家の後継者なんだ。 イスカンダル星は消滅してしまったが、イスカンダルの心は受け継がれていかなければならないと私は思っている。 スターシアは何も言わないが、彼女もそう願っている。そのことを忘れないで欲しい。」
守の眼差しは厳しかった。 それに応えるように四郎も気を引き締めて
「はい」
と答えた。




「もう、お父様ったらどうしてそんな約束を加藤君にさせたのかしら。」
「君のおとうさんの気持ちだよ。大事にしなきゃ。 それに5年間はおとうさんの言うように、きっと君には必要な時間だから。」
サーシアは官舎の駐車スペースに停めてある四郎のエアカーまで送りに来ていた。

 あの後、守、スターシア、サーシア、四郎の4人は サーシアが作ったという焼き菓子を囲んでお茶を飲み にぎやかに過ごした。 「ね、お昼も食べてらして。ねぇサーシア、そのつもりで用意も出来ているのよ。」 というスターシアの熱心な勧めで昼食までご馳走になった四郎だった。 母娘は楽しげにしゃべりながらキッチンに立ち、 四郎はずっと守と話しこんでいた。 世代は違うが、同じ戦争を経験したものどうし、宇宙戦士という共通の職業からかどこか通じるものがあった。 もっとも話す量は守の方が多かったかもしれないが。 それでも四郎は緊張の中にも楽しく過ごすことが出来た。

「ところで。」
「?」
「あのさ、その、加藤君っての卒業してくれたら嬉しいな。」
「あ・・・・」
「名前で呼んでくれないかな」
「でも・・・あの・・」
「だめかな?」
そう四郎に言われてサーシアは真っ赤になりながらも小さな声で答えた。
「四郎・・・君。」
「ありがと!」
そういうと四郎はさっとサーシアの頬にキスをすると
また連絡するよといって名残惜しそうにエアカーに乗り込み帰っていった。

 傾きかけた午後の日差しがサーシアの頬を赤く照らした。
長かった一日が終わろうとしていたが、
サーシアの火照った気持ちはしばらく落ち着きそうになかった。

おしまい

2011.4.24

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