なつ  夏の嵐
                        双子7歳


「眉間にしわなんかよせて、どうしたんだい?」
ある夏の晩、ジョーは、夕食後皆がくつろいでいるリビングの一角で
ノートパソコンにむかって一人唸っている
フランソワーズに声をかけた。
「う〜〜〜〜ん、悩んでいるのよ」
パソコンから目を離さずに、一心に何かを
考えている様子のフランソワーズの目は
真剣そのものだった。
自分の知らないところで何をそんなに悩んで
いるのだろうと、ジョーは少しあせった。
その心を知ってか知らずか
「お父さん、また なんだよお母さん。」
のんびりとテレビを見ていたすばるが
父の方を向いて、あきらめた口調で言った。
さらに、
「私達が学校から帰って来た時にね、
おかえり の返事もないし、お母さんどこかに
お出かけしているのかなって思ったの。
だけど、そうじゃなくって、パソコンとにらめっこ
していて、お母さんったら私達が帰って来たことに
気がつかなかったのよ。」
とすぴかが付け加えた。
003のフランソワーズが子供達が帰って来たことに
気づかないとは、相当の集中ぶりである。
さらに、さらに
「今日は一日中、わしが声をかけても生返事ばかりだったのう」
と博士。
「そっかぁ。また なんだ・・。」
はは〜んとジョーは思い当たった。

そういえば、自分が夕方家に帰って来た時
ただいまのKissをかわしても、なにかうわの空だったような・・・・・。
夕食の時も、双子が家の前に広がる海岸で、外国製のジュースの空き瓶
や、丁度いい感じに白く色の抜けた流木を拾った事などを
目を輝かせて話しているのを、かたちばかり耳を傾け、
相槌を打っているようにみえた。

フランソワーズは、何か考え事をしている時、特に
イワンが昼の時間の時は、少し気が緩むのか、
それに集中しているあまり、回りの注意がおろそかに
なる事がたまにある。(もちろん本当の仕事の最中は
そのような事はただの一度もないのだが)
そういう事が何回かあったので、また彼女なりに問題が解決されるまで
他人が何を言おうともこの状態が続く事を知っているので、
彼女の事を心配に思いつつも、放っておくしかないと皆は心得ていた。
それでも、心から妻を愛している夫は
またかと思いつつも、
「何を悩んでいるの?話してみてよ」
と声をかけずにはいられなかった。

やれやれ、いったい今度は何で悩んでいるのだろう・・・

ジョーは、籐の籠に乗ってふわりと浮いているイワンに目をやったが、
彼は無表情に黙っているばかりだった。

「夏休みなのよ!」
唐突にフランソワーズが口を開いた。
「「「「はぁ?」」」」
わけが分からない表情の一同の視線をはねつけて
さらに彼女は続けた。
「いいこと、今日で給食は終わっちゃったし
あさっては終業式。いよいよ、なが〜〜〜〜〜〜〜い
夏休みがやってくるのよ!」
そんなの、当たり前じゃないか。夏なんだから。
ジョーは心の中で思った。それがどうしたというのだ。
「お母さん、どうしたの??夏休みがどうかしたの?」
「夏休みでなにか、悩む事でもあるの?」
さすがに双子は少し不安になったらしい。
「今年の夏休みは44日もあるのよ。
幼稚園の時とは違って宿題もあるし、自由研究だってあるのよ。
今からキチンと計画を立てておかないと、無駄に夏休み
が流れてしまうわ!!」
なーーーんだそんな事か。
コブシを作って熱っぽく語るフランソワーズにジョーは脱力した。
だが決してその気持ちは口に出さなかった。
彼女が真剣に考えている事に対して「そんな事」などど
言ったら最後どうなってしまうのか経験上知っているからだった。
面倒は起こしたくなかった。
一方双子はといえば、母の勢いに飲まれてしまい
ただただ、目を大きく見開いて成り行きを黙って見つめているかのようだった。
「そこで、朝から計画表を作ってみたんだけれど
皆の予定とこっちの予定のすり合わせをするのが大変なのよ〜〜〜」
と言ってフランソワーズはノートパソコンを指し示した。
皆???何皆って。そう思いながらどれどれ、とジョーは覗き込んだ・・・
「ムアンバですいとん作りのボランティア、イギリスでティールーム、ガーデンめぐり
ドイツでライン川くだり、フランスで美術館めぐり、アメリカで本場ディズニーランド
とブロードウェイミュージカルの鑑賞・・フ、フランソワーズ、
なんだか壮大な計画だね・・・^^;世界一周するつもり????」
「ほほほ!せっかく仲間が、世界中に散らばって生活しているんですもの
皆に案内を頼もうと思っているのよ。夏休みなんだし。(←??)
子供達の自由研究にもいい機会だし。」

何かが違う。だいたい子供がティールームを巡りたいと思うのか?
ディズニーランドとライン川くだりはいいとしても、ミュージカル、
美術館っていうのは・・・
いや、小さな頃から美しいものを見る機会を与えるのはいい事だ。
だがしかし・・・・・君が見たいだけなんじゃあ・・・・。

と思いつつもジョーの口からは
「でもさ、これだけの国を回るんじゃあ、飛行機のチケット
今からじゃ、間に合わないんじゃないのかい??」
「あら、それなら大丈夫よ、ドルフィン号があるもの」
「へっ???ど、どるふぃん号で行くつもりなのかい???」
「そうよ。チケット代って馬鹿にならないもの。
ウチにはドルフィン号があるもの、利用しない手はないわよね。」
にっこりと、こともなげに言ってのけるフランソワーズ
にもはや、誰も口を挟めなかった。

それ間違ってるよフランソワーズ
ドルフィン号だってタダでは飛ばないんだよ〜〜〜(涙)

ジョーの心の叫びをよそに
「で、世界中をめぐるのは8月に入ってからにしようと
思うの。問題は7月なのよ。ここを、どう埋めるかよね・・・。
それで、ずっと悩んでいるのよ。」
とフランソワーズは再びパソコンにむかった。

フランソワーズがまたしても、難しい顔で
パソコンに篭ってしまったのを見るや
双子は、ジョーの袖を引っ張って
ダイニングにやって来た。ここなら、普段”スイッチ”をオフにしている
母に声は届かないだろうと思っての事だった。
いや、今の母の状態なら、もっと近くからでも、届かないだろう。
「お父さん、お母さんをなんとかしてよ。
ディズニーランドだけ行く事にしてくれないかなぁ。
美術館なんて退屈で嫌よ。それに予定がぎちぎちだった。
身動きとれないよぅ。
私、夏休みになったら大潮の時にクラスの颯(はやて)君たちと
潮溜まりで遊ぼうって約束してるのよ。」
約束は守らなくてはいけないのよね、とすぴかは困り果てていた。
「なに??颯君って誰?」
びくんとジョーの眉がはねあがった
突然すぴかの口から男の子の名前が飛び出して
少なからず動揺する父。そんな父をよそに
「僕もやだなぁ〜〜〜。でもディズニーランドは行きたいなあ。
でもでも、おじいちゃんからもらった
古いラジオを分解する時間も欲しいんだよ。
宿題だって、いつやればいいの?
それに、お盆の花火大会も楽しみにしているんだ。
ウチのテラスからよく見えそうだって、この間お父さん言ってたよね。」
とすばる。
「「ねぇ、何とかしてよ、お父さん」」
双子は必死だった。
夏休みにどこかへ連れて行ってもらう・・・それは
子供にとっては、本来わくわくする嬉しい事なのだが
今までの経験から、一人突っ走る母の立てた計画には
どうにも賛成しかねる双子だった。
たぶん、ろくな事にはならない。
このままでは、夏休み中ずっと母に振り回される事になってしまう。

う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

ジョーは言葉につまってしまった。
せっかくの夏休み、子供達の思い出になるように
どこかへ連れて行ってやりたいと思ってはいる。
しかし、あれでは・・・・。
とにかく一度走りだしたら、フランソワーズ
が落ち着くまでどうする事も出来ないのだ。

どうしたものか・・・・
と、ジョーが思案していると

(大丈夫、なんとかなるよ)
イワンのテレパシーが3人の頭に飛び込んできた。
「「「本当??」」」
藁をもすがる思いで、一同はふわりとダイニングの
宙に現れたイワンを見上げた。
(うん、明日には何とかなるよ)
涼しい顔でそう言うとイワンは消えていなくなってしまった。
00ナンバーの頭脳、超能力を持つ彼の予言に間違いはない。
ほっとして顔を見合わせると
3人は、とにかくこのまま明日を待つ事にした。



あくる日
「「ただいま〜〜〜!!」」
午前授業を終えて双子が研究所に帰ってきた。
もう給食は終了してしまっているので、
彼らはお腹がぺこぺこだった。
「「おかあさ〜〜んお腹すいた〜〜」」
家の中はしんとして、返事がなかった。
まさか!まだあの状態なのだろうか??
イワンはなんとかなると言っていたではなかったか。
不安になりつつも自分達の部屋に鞄を置いてから
ダイニングに入って行くと・・・
そこに、ぼーっと母がテーブルの近くに座っていた。
ぼんやりとした母の前には、しかし
ハムときゅうりのサンドイッチ、トマトとバジルのサラダ
のお昼がきちんと用意されてあった。
「「お母さんただいま」」
「あ、あぁお帰りなさい。お腹すいたでしょう??
手を洗ってきなさい。お昼にしましょうね。
あ、すばる、博士を呼んできてくれる??」

食事中は静かだった。
双子はおなかが空いていて、ひたすら食べていたし
フランソワーズはずっと黙りこくっていた。
それは、明らかに昨日の考え事をしている時のそれとは違っていた。
なにか、力がないというかそんな感じだった。
そんな彼女を博士は少し心配したが
昨日のことがあるので、そっとしておく事にした。
けれども双子は敏感に感じ取っていた。
(ねぇ、すばる、お母さんまたまたどうしちゃったんだろうねぇ)
(うん・・。夏休みの事・・かな、やっぱ・・。)
(イワンは昨日、どうにかなるって言ってたけど、
 どうにもならなかったのかな??)
(お母さんに、夏休みどうしたのって聞いてみる??)
(・・・・・それはちょと・・怖いかも・・・・)
双子は食べながらヒソヒソと会話をしていた。
さらに静かな昼食は続いた。
フランソワーズは何かを言いかけようとしては
口をつぐんでいたが、
とうとう意を決したように口を開いた。
「すばる、すぴか」
来た!とばかり双子はびくっとした。
「あのね、夏休みの事なんだけれど」
「「・・・・・・・・・・・。」」
「せっかく、あなた達をいろんんな所へ連れて行って
あげようと思っていたんだけれど、駄目になってしまったの。
ごめんなさいね。」

え?今お母さんは、駄目になったって言った???
双子はお互い顔を見合わせた。

「やっ・・」
言いかけたすぴかの口をあわててすばるは手で押さえ
「どうしてなの?」
と努めて冷静に、すまなさそうにしている母に聞いた。
「おじさん達みんなの予定がどうしても合わないのよ。
いろいろ案内してもらおうと思っていたのにね。
それに、皆がそろって8月は、そう、お盆の頃を中心に
ここに、日本に来たいって言っているの。
だから・・・・ごめんね。」
「本当、お母さん??僕ねぇ、おじさん達みんな大好きだもの
8月にここに皆が集まるなんて嬉しいな。
だから、旅行に行けなくったってちっとも残念じゃないよ。
ねぇ、皆なんでしょう?誰か来れない人はいるの?」
熱心に言うすばるに、フランソワーズは少しとまどいながらも
「え、ええ皆よ」
と答えた。
「私も嬉しいな。あぁまたジュニアおじさんに会えるのねぇ。」
風や大地の詩声に耳を傾けるG.ジュニアの事が、すぴかは
大好きだった。隣にいると、自分にも詩声が聞こえるような気がしていた。
「ねぇお母さん、あんまりがっかりしないでね。
そりゃあ、ディズニーランドは残念だけど、
でも、皆に会えるのはとっても嬉しいもの。」
母の計画がおじゃんになって、嬉々としている双子だったが
メンバーに会えると知って、心からはしゃいでいた。
だから二人共に母に言った言葉は本心からだった。
「あなた達、そう言ってくれるのね・・・
でも、せっかく自由研究にも役立つと思ったのに・・・」
尚も言うフランソワーズだったが
「あら、自由研究ならもう決めてるの。
颯君たちと潮溜まりの観察をしようと思っているのよ。」
すぴかはさらりと言った。



「みんながみんな、お盆目指して日本に来るっていうのよ。
どうしてお盆なのかしら?わけわからないわ。
あ、ジェットは8月に入ったらすぐにこちらに来るって言ってよこした
けれど・・・」
いつものように、子供たちが寝静まった後
ジョーとフランソワーズはリビングで2人くつろいでいた。
考え事の嵐からは殆ど抜けていたフランソワーズだったが
真剣に考えていた事が無駄になってしまった反動で
まだいくらか元気がなかった。
「・・・・でね、あの子たち、皆が日本にやってきたら
皆で、東京ディズニーランドへ行こうって言うの。
夏のお出かけはそれでいいんですって。」
いかにもそれでは不満だという口ぶりのフランソワーズだった。
けれどもジョーは笑って
「いいじゃないか。きっと楽しい思い出になるよ。
皆、暑くてべとべとしてかなわないって
夏はいつもここへ寄り付かないじゃないか。考えてみたら
滅多にないよ、夏に全員そろうのって。」
「そうね、そうかもしれないわね・・・」
ため息を一つついてから、さらにフランソワーズは
「あの子達、夏休み中、すすんで家のお手伝いするから
お母さん元気出してね、なんて言うのよ。
泣けてきちゃったわ。なんにも出来ない自分も
情けなくて・・・。」
うつむいてしまったフランソワーズにジョーは優しく
「そんな事ないよ。夏休みはいい機会だから
どんどん手伝ってもらったらいいよ。
それに、君はいつものように笑ってこの家の中心に
いてくれたらいいんだよ。それで皆安らぐんだよ。
僕も子供たちもそんな君が大好きなんだからさ・・。」
「本当に?」
「うん。それから・・・・」
これ、と言ってジョーはフランソワーズに封筒を手渡した。
「なあにこれ?」
「いいもの。開けてごらん」
言われるままに封筒をあけてみると
中にチケットが2枚入っていた。
「まぁ!!氷川ひろしディナーショーのチケットじゃない
どうしたの?ジョー。」
ジョーと結婚してから、さらに、さらに
日本になじみすぎるぐらいなじんできたフランソワーズだった。
そんな彼女は最近、日本のシャンソンともいうべき、
演歌に興味を持ち始めていた。
心から歌う事が好き、と体全体で表している若手演歌の星
氷川ひろしの歌声は、人の心を惹きつける何かを持っていた。
「会社の先輩のつてで手に入ったんだ。
たまには、2人だけで出かけない?
丁度このショーの時は、イワンも昼の時間のときだから(たぶん)
子供達はイワンと博士に頼んでさ。」
「あぁ嬉しい!!ありがとうジョー!!」
「・・・少しは元気になった??奥さん」
「もちろんよ!!」
嬉しさのあまり、フランソワーズはジョーにおもいっきり
抱きついた。そのまま2人は見つめあい、自然に顔を寄せ合った・・・・
その時

(あのさぁ、悪いんだけど、ミルク作ってくんない)
唐突にイワンが2人の目の前に現れた。
(お腹すいちゃった〜〜〜〜〜)
一瞬固まった2人だったが
「あら、まあ、待っていてね。すぐに作るから。
・・・あ、そうだわ。明日お休みよねぇ、ジョー。」
「うん、そうだけど。」
「悪いけど学校へ行って、子供たちの朝顔の鉢を持ってきてくれない?」
「え?」
「今、学校で子供たち朝顔を育てているのよ。
夏休みに持って帰って来て、家で観察する事になっているの。
鉢は重たいから、大人が取りに行く事になっているのよ」
「わかった。いいよ、明日行ってくるよ。」
フランソワーズはキッチンへと消えていった。

(ジョー、君も調子がいいねえ。僕は子守をするなんて話聞いてないよ)
リビングにジョーと2人きりになるや、イワンがジョーに話しかけてきた。
「ごめん、ごめん。あはは・・・・・」
(・・・・・・・。まいいか。フランソワーズが元気になったんだもんね。)
「ところでさ、イワン、いつもの通り君の予言はぴったりだったねぇ。
今日には何とかなったね。正直言ってほっとしたんだ。」
(・・・・・・・・。)
「でも、どうしてお盆なんだろうね、皆・・・」
(日本では8月のお盆に、それぞれの故郷に帰省する習慣があるんでしょう?
皆その事を知って、今年はそれをやってみたくなったんじゃないの?
ここは、いわゆる皆のジッカ?みたいなものでしょ。
それに、花火大会の花火、皆と見たらさぞかし楽しいだろうと思ってさ
すばるもとっても楽しみにしていたみたいだったから。)
ジョーとフランソワーズの子供である双子を、イワンはそのどちらとも
好きだったが、特にすばるとは気が合うのだった。どちらかというと
すばるに甘いイワンだった。
「習慣って、それちょっと違う気が・・・・。
あぁ・・・君かぁ・・。皆をしむけたの・・・。だよなぁ。」
(ふふふふ・・・まぁ、暴走しているフランソワーズ
には僕もちょっと困るし・・・・)


一学期最後の学校が終わって
2つの大きな鉢を持った父と共に帰宅した双子は
完全に母がもとに戻った事を知った。
いや、それ以上だった。
なぜなら、彼らがリビングに入った時
母は嬉しい事があった時、いつもそうしているように
楽しそうに踊っていたから・・・・。

とにもかくにも
今年の夏は、メンバー全員が研究所に揃う事となった。
きっと楽しい事になるに違いないと(本当に?)
双子はわくわくしていた。

                   おしまい
                                 2003.7.30

このお話は、
例によってシュレ猫さんとお話していて
盛り上がったネタがもとになっています。
ながーーーーい夏休み、
子供たちにとっては、わーーーい♪な休みでも
親はなかなか大変な部分があります。
色々と・・・・ね(笑)。
皆さんはどのように夏をすごされますか?

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